導入の背景- 150床の大規模施設が直面していた課題
建物形状がもたらすコミュニケーションの壁

泉尾特別養護老人ホーム第二大正園は、大阪市大正区にある済生会泉尾病院を中核とした医療福祉センター内にあります。150床という大規模施設であることや建物の構造的に、日々の業務にはちょっとした工夫が必要とされてきました。
管理部門の林田様は、施設が抱えていた根本的な課題について次のように説明します。「私達の施設は“ハの字”の造りになっていて、全体を一目で見渡すのが難しいんです。廊下も片側40メートルくらいあって声も届きにくい環境でした。だから、スタッフ同士でどうやってスムーズに情報共有するかが大きな課題だったんですよね」
さらに、介護業界全体が直面する人材不足の問題も重なり「福祉業界って、人口が減ってきてる影響もあって、これからもっと人手不足が進むって言われてるんですよね。大阪市内も年々人材の確保が難しくなってきてます。だからこそ、利用者サービスの質を落とさず、少ない人数でも効率的に運営できる体制を整えることがすごく大事だと思っています」と林田様は続けます。
副主任の豊田様は、当時の現場状況について「うちの施設って、大きくて端から端まで100mぐらいあるんですよ。今まではPHSしかなくて、それを使って職員同士でやり取りしてたんですけど、まず誰がどこにいるのか全然分からないんですよね。だから、誰かを探すために施設内を走り回って、やっと見つけてからコミュニケーションが取れるっていう感じで…、けっこう時間のロスが多かったんです」と振り返ります。
この問題は特に、2人介助が必要な場面で顕著でした。「2人で介助しないといけない場面とかで、人を呼びたいんですけど、まずその人がどこにいるのか分からないんですよね。だから、とりあえず走って探しに行くしかなくて、『あっちかな?』って感じで施設内を探し回る…そんな状況でした」と当時の苦労を語ってくれました。
72歳(取材時)のベテラン介護福祉士である寺岡様も、従来の呼び出しシステムの問題点を指摘します。「インカムを導入する前は、PHSを使ってたんですけど、PHSの台数が限られてたので、ほとんどの職員は持ってなかったんです。緊急時には、居室とかトイレに設置されてる呼び出しボタンを押して職員を呼ぶっていう形だったんですけど、誰が来るか分からないし、こっちが何の用事かも伝えられないから、来るまでお互い状況が分からないんですよね。そこがちょっと不便でした」
導入の経緯 - 2度目の挑戦で実現したICT化
経営層の決断と補助金活用

管理部門の林田様によれば、実はインカムの導入検討は今回が2回目だったとのことで
「初回の時はまだちょっとどうかなって流れてしまったんですが、介護保険の加算的にも導入が必要だったため、生産性向上チームが中心となり導入が決定しました」
導入にあたっては、ICT補助金を活用することで初期投資の負担を軽減。「補助金事業というのは締め切りとか審査処理が結構あるんですよ。その準備とかが結構大変なんですけど、ボイットさんの営業の方が色々フレキシブルに動いてくれたので、限られた時間の中でも必要書類を揃えることができました。そのおかげもあって、苦労はありましたけど、最終的には問題なく導入できたかなと思います」と振り返りました。
また、数あるインカムシステムの中から、なぜボイットコネクトを選んだのでしょうか。林田様は選定理由を次のように説明しました。
「ボイットさんは医療・福祉、宿泊事業に特化したAIインカムアプリを開発・運営している会社だったんです。私たちの業界って、これから見守り機器をどんどん導入していく流れになると思うんですけど、そういう機器とインカムを連動させる必要が出てきます。ボイットさんは開発力が高くて、こちらが検討している機器について相談すると、『それ、連動できますよ』とか『少し時間をもらえれば対応できます』っていう柔軟な対応をしてくれるんです。そういう相談ができる相手だったのが大きかったですね。それと、骨伝導タイプのインカムが職員の負担を減らせるっていう考えがあって、それに対応できたのがボイットさんだけだったんです。これも導入の決め手になりました」
導入効果
現場職員の実感 - 年代を超えて広がる活用

介護福祉士の寺岡様(取材時72歳)は、当初の不安と、それが杞憂に終わったことを率直に語りました。「最初は私の年齢でうまいこと使えるかなという不安はあったんですけれども、慣れてきたらこちらで話したことが言葉でというか文字で現れるので、相手に伝わってるっていうのが分かるので、とても良いと思います」
具体的な活用場面としては、「トイレ誘導の業務があるんですけど、歩ける方や、車椅子でも立ち上がれる利用者さんをトイレに案内するんですね。その時に服が汚れて、着替えが必要になることがあるんです。以前は、呼び出しボタンを押して職員が来てから「着替えお願いします」と伝えてたんですが、今はインカムで「○○さんの着替えお願いします」と言えば、「はい、分かりました」ってすぐに持ってきてもらえるんです。これだけでも、かなりスムーズになりましたね」と、実際の場面を交えて話してくれました。
また、寺岡様は記録機能の便利さも評価しています。「食事量を記録しないといけない場面があるんですけど、忘れそうな時にインカムで『○○さん、主食5』って言っておけば、個人メモに残るので後から確認できるんです。それがすごく助かっていますね」
豊田副主任は、導入による変化として「まず走らなくて良くなりました。距離的なものがなくなったので体力的にも負担が少なくはなってますし、コミュニケーションもすごく密に図れるので、情報共有とかそういうところがすごく活用できてる」と多角的に評価。
さらに、「みんなから聞くのは心理的な負担が結構減ったなっていう、ストレスが減ったなっていうのと、動く距離が短くなってるので身体的にもストレスはかなり軽減できたかなっていうのは、全体として実感はあるかな」と、職員全体への波及効果についても言及しました。
緊急時の対応改善についても豊田様は具体例を挙げ「利用者さんが転倒してしまった時って、やっぱり助けが必要なんですよね。1人じゃ起こせないことも多いですし。そういう時、インカムがあればすぐに応援を呼べるんです。看護師さんはPHSを持ってたので連絡できたんですけど、他の職員は走って探しに行くか、大声で呼ぶしかなくて…。でも、大声を出すと利用者さんが不安になってしまうこともあって。インカムがあることで、大きな声を出さなくて済むようになったのは、すごく改善された点だと思います」と説明しました。
介護福祉士の太田様は、特に新人職員への効果を強調。
「新人さんは特にインカムをすごく活用してくれていて、分からないことがあったらすぐに先輩に『この人ってこうですかね?』って聞けるんですよね。先輩もすぐに答えられるので、いい雰囲気でやり取りできてると思います。」
また、チーム間の連携強化についても実感。
「フロアの北と南でチームが分かれてるんですけど、私は北チームなんです。でも、インカムがあると南チームの情報もすぐ分かるんですよね。たとえば、誰がトイレに行ったとか、誰かが『寝たい』って言ってるとか、そういう状況がすぐ共有できるので、すごく助かっています」
導入成功のポイント - 現場視点での3つの要因

1. 驚くほどシンプルな操作性
導入当初、最も懸念されていたのが、スマートフォンに不慣れな職員、特に高齢職員の対応でしたが、その心配は杞憂に終わりました。
豊田副主任は導入時の様子をこう振り返ります。「若い人はスマホ使っているので結構、順応はしやすかったんですけど、年齢を重ねている方とかは、スマホをあんまり使ったことがなかった。その人たちがちゃんと使いこなせるかすごい心配だったんですけど、操作がすごい簡単なのですぐに順応はできたかなと思います」
実際、取材時72歳の介護福祉士の寺岡様も「スマホは普段から使ってるので、インカムにもそんなに抵抗はなかったですね。それに、最近はスーパーでも『○○さん、エレベーターのご案内お願いします』みたいにインカム使ってるのを聞いたことがあって、『あ、便利そうだな』って思ってたので、導入にも全然抵抗はありませんでした」と、すんなり受け入れられたことを語っています。
2. 骨伝導イヤホンという最適解
当初は有線イヤホンを使用していましたが、介護現場特有の問題が発生していました。豊田副主任は、「以前、有線タイプのものを使った事があるんですけど、コードが利用者さんに引っかかっちゃうことがあって…。認知症のある方が多いので、触ってしまったりして、使ってる時ちょっと怖かったですね。怪我させちゃうんじゃないかって心配もありました。それに、マイクが胸元についてたので、当たってしまうこともあって…。音もイヤホンで聞くタイプだったんですけど、耳に合わない人もいて、聞こえづらいっていう声もありました」と、問題をあげました。
しかしこの問題は、骨伝導イヤホンへの切り替えによって解決しました。「骨伝導のイヤホンに変えてからは、本当ここ(耳もと)で鳴ってるんです。すごい音も鮮明に聞こえますし、ちっちゃい声でも全然聞こえるので、あと線がないので本当に邪魔にならないっていうところが、すごい使い勝手がいいかなと思います」
豊田副主任は、利用者さんの声もきちんと聞き取れることの大切さを話してくれました。
「職員同士のやり取りだけじゃなくて、利用者さんの声もちゃんと拾えるのがいいですね。そこがすごく助かってます。耳にかけるだけなので、負担もほとんど感じませんし、使いやすいと思います」
3. 現場主導による運用の最適化
導入後、最も印象的だったのは、現場職員自らが積極的に運用方法を改善していったことでした。当初は南北のユニットで別々のグループを作って運用していたようですが、職員からの提案により、全体で一つのグループとして運用する方式に変更されました。
介護福祉士の太田様は、チーム間の情報共有の経緯についてこう話してくれました。
「最初は北と南で分けて使ってたんですけど、ある職員が『それだと意味がないんじゃない?』って言ってくれて。みんなで情報を共有した方が、業務の効率も上がるし、時短にもなるっていう話になったんです。お互いの状況がすぐ分かるのは、やっぱり大きいですね」
この変更によって、特に土日の少人数体制で効果を実感したと介護福祉士の寺岡さんは話します。「うちは南と北で職員が分かれてるんですけど、土日はどうしても人数が少なくなるんです。そんな時に『今日は南北ワンチームで動きましょう』って言われて、みんなで協力してやってみたら、終わった時にすごく達成感があって。人数が少なくても、うまく連携できたなって感じられて、すごく良かったと思います」
導入を検討される施設へのメッセージ

【副主任・豊田様からの実践的アドバイス】
豊田様から、導入を検討している施設に向けて、自身の経験を踏まえた率直なアドバイスをいただきました。
「導入するまではすごく悩みましたね。いろんな業者さんの話を聞いて、どれがうちに合うのかって迷うんです。でも、ボイットコネクトさんのインカムは使い方がすごく簡単で、慣れるのも早かったんです。導入に躊躇する気持ちは分かりますけど、入れてみるとメリットが多いので、ICTの活用や業務の効率化を考えてる施設さんには、ぜひおすすめしたいですね」
【管理部門・林田様からの運営視点でのメッセージ】
導入前の不安と実際のギャップについてこう話します。
「検討してた時は、職員同士の雑談が減るんじゃないかとか、全部記録に残ることへの抵抗感もあったんです。でも、実際に使ってみたらそんな声はほとんどなくて、むしろ利便性の方が圧倒的に勝ってるっていう話をよく聞きます。また実際の導入は意外とスムーズでした。使い方も簡単で、操作説明会もしてもらえたので、職員も1〜2回の説明ですんなり受け入れてくれました」
まとめ - 介護の未来を変えるイノベーション
導入されたAIインカムは、介護現場が抱える課題に対して、テクノロジーが実用的な解決策を提供できることを示しました。150床という大規模施設において、緊急対応や利用者の待機時の連絡など、業務のさまざまな場面で有用性が確認できます。
この成功の背景には、以下の3つのポイントがあります:
・誰でも使える簡単な操作性
・介護現場に適した骨伝導イヤホンの採用
・職員による主体的な運用改善
特に印象的なのは、72歳のベテラン職員が「とても良いと思います」と積極的に活用していること。年齢に関係なく、現場のニーズに合ったツールであれば自然に受け入れられることを示しています。
また、「心理的な負担が減った」「ストレスが軽くなった」といった職員の声からも、AIインカムが単なる業務効率化のツールではなく、職員の働きやすさや安心感にもつながっていることが分かります。人材不足が深刻化する中、職員の負担軽減と定着率向上は、施設運営において非常に重要な要素です。
今後は、見守り機器との連携やPHSとの統合なども検討されており、質の高いケアの実現が期待されています。
<施設概要>
社会福祉法人済生会 泉尾特別養護老人ホーム第二大正園
所在地:大阪市大正区
施設規模:150床(特別養護老人ホーム)
運営法人:済生会